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事務局・上木啓二さんの作品に対する布勢博一先生のご指導






【布勢博一先生の感想】


 上木さんの今回のエッセイ心に染み入りました。

 一枚の浮世絵から思いを江戸時代まで遡らせる。そこには高層建築もない、信号機などもない、江戸の庶民の生活が生で描かれている。

 私は失明してからは絵を見ることがなくなっていますが、どなたかの解説付きでもいいから古地図や浮世絵を手にして江戸の町を巡ってみたいと思いました。

 上木さんの筆づかいもいつもより闊達で、大変読みやすく書いてありました。

 本当に私が失明しているのが残念です。目が見えていたならば、是非是非、上木さんと一緒に古い江戸の町を巡ってみたいと思いました。そんなことを思わせる良いエッセイでした。


注・先生はいつも随筆春秋のメンバーに「講評というのは大仰なので、私の個人的な感想だと思って受け止めて下さい」 とおっしゃるため、【講評】ではなく【感想】としました。



 事務局・近藤健さんの作品に対する布勢博一先生のご指導



【布勢博一先生の感想】


 何とも楽しいエッセイですね。


 アメリカあたりではジョークの言えない人間はバカにされる傾向があるようですが、近藤さんの作品を読んでいると、確かにくだらないダジャレではありますが、まるで料理の中の調味料のように心に残るギャグですね。


 もっとも場合によっては、その場にいる人たちの顰蹙を買うことにもなりかねませんが、そんなことは構わないじゃありませんか。それよりも近藤さんのギャグを聞いて、クスっと笑える方が、どれだけ人生を明るくすることができるか。


 素敵なギャグというものは、あるいは笑い話というものは、聞く人によっては生涯忘れることができないものになるのだと思いますよ。






平成30年 第23回 随筆春秋賞コンクール授賞式にて


竹山洋先生より、随筆のネタ探しについてのご指導


ある参加者から質問がありました。


「私は随筆春秋に入って今年で11年になりますけれども、子育ても終えまして、夫婦2人の生活では変化に乏しく、随筆の題材を探すのに苦労しております。竹山先生は70歳を過ぎてこれだけ沢山の作品を書いておられて、ネタ探しはいつもどうやっておられるのかなと、不思議でなりません。参考になることを教えて頂ければと思います」


竹山「ネタにはねえ、私も毎回困ってるんですよ。随筆って怖くてね、作りごとが書けない。随筆の骨法の一つにウソ書いちゃダメだっていうのがある。私は出身が脚本家なもんでね。ものごとを脚色する、いわばウソを書く。ウソ専門チャンネル!」


「ウソでメシ食う竹山かなっていうぐらいでね。そのウソが上手ければ上手いほどいいっていうのが脚本家の世界なんですが、随筆はまったく逆で、ありそうにもないことを書くと、

それは本当にあったことですか? という投書が来るんですね。たとえ事実であっても……。だから私は随筆というのは苦手で、書くのに時間もかかります」


「ネタになりそうな題材というのは、自分の周囲をしっかりと観察していれば沢山あるんです。この表彰式も立派なネタです。しかし何月何日何時から表彰式がありました、楽しかったです、とのみ書いたのでは作品にはならない。たとえば(会場を見渡して)うん、司会がそこにいるわけだけれども、池田さんの司会ぶりはこうだああだと焦点を絞る、そういうことを突っ込んで書くと随筆らしくなるわけです」


「しかし優れた作品となると、焦点を絞るだけではまだ不足で、読者をいかに楽しませるかということを考えなければならない。特に私に関して言えば、短い枚数であってもお金を頂いて書くわけだから責任がある。読者にカタルシスというか満足感をどう得させていくかということが問題になってくるわけです」


「出来事を、細かく細かく全部書くという手法もありますね。受賞作にもスズメを題材にした作品がありましたけれど、私も住んでいるマンションのベランダでスズメに餌をあげているんです。マンションでスズメを飼っちゃいけないんですけどね(笑)、自分で楽しんでやってる」


「朝4時半ごろ起きて、死んだお袋に供えた御飯(おっぱん)をスズメにあげるんですけどね。表面固まってカラカラになったやつを、見つかると女房に怒られるから、そうっとベランダに持ち出して、砕いて撒くんです。最初はスズメもすぐつつきにきたりはしなくて、電線に一羽だけ止まって撒かれた御飯をじぃっと見ている」


「そのうちチュンチュン、チュンチュンとさえずって、仲間を呼ぶんですね。するとあっという間にスズメの仲間が集まってくる。鈴なりになって電線が真っ黒になるほどです。そしてベランダにやってくる。そうすると、どこからかムクドリがやって来る。スズメたちは彼と仲良くするんじゃなくて、攻撃するんですね」


「その様子を私は離れたところで煙草を吸いながら見ている。いやこれは面白いな、楽しいなと思って見ているわけですよね。それをこうやって細かく細かく皆さんに伝えることで、自分が楽しんでいる気持ちを共有してもらう。そういう書き方もあります。まずは自分が書いていて楽しいことを書く。それがコツです。結論は、ネタはどこにでもある、あとは自分の決意次第、ということですね」




受賞者からは、こんな質問がありました。


「随筆や小説に取り組んでいて、自分の語彙力のなさを痛感しています。対策として昔の名作を読み、名画を見ています。美しい所作とその表現、美しい台詞など、日本人としての核を学ぶには、誰のどんな作品が良いでしょうか。お勧めを教えていただければ幸いです」


堀川「邦画だと小津安二郎監督の作品が良いですね。小津の代表作5本を5回ずつ観ると、貴女がおっしゃった美しい所作、美しい台詞などが身体に沁みつくようになります」


「文豪であれば夏目漱石です。漱石は何回も何回も繰り返して読むことが大切です。人によっては漱石の作品は音読をしたほうが良いという人がいますが、それくらい読み込むべきだということでしょうね」


「この“身体に沁みつく”というのがとても大切なことなのです。いろいろな時にふとその言葉が頭に浮かぶまでに、自分を鍛えていくことが大切です。そうなるとその文体は自分のものになるでしょう」


「脚本なら山田太一脚本集というのが沢山出版されていますから、これを読むと良いと思います。彼の文体というのは饒舌体とでも名付けるべきか、登場人物が全員おしゃべりなんです。私からすると “喋らせ過ぎですよ、山田先生!” という感じなんですけれども……」


「とにかく全員が雄弁なもんですから、個性が消されちゃって皆同じに見えます。しかし文体の勉強にはなりますよね。登場人物が自分の気持ちを台詞で説明する、それがうまいんですよ、なるほど!っていうぐらい……。ことばを研究するのであれば、私は山田脚本を読んでみることをお勧めします」





事務局・熊澤依子さんの作品に対する佐藤愛子先生のご指導




【先生】 熊澤さんの、この「母と子」という作品は抜群に素晴らしいわねえ。
随筆春秋はじまって以来の名作なんじゃないかしら。

いい作品には別に言う事はないんですよ。
もう 「これは良い」 と、ただそれだけ。 私が言う事はないんですよ。

でもここには池田さんのような若い人たちもいるわけだから、一体全体なにがいいのかということをお話ししますね。この作品を良くしているのは作者の「観察眼」です。しっかりと現象を観察して、心にとどめているわけ。

【熊澤】 佐藤先生、恐れ入ります。そんな大層なものではなく、私ときたら、何か珍しいことに行き会ったら、じぃーっと見る癖があるんです。それだけなんです。

【先生】 あらまあ、そうなの……(笑)。だけどもちろん見た現象を、そのまま書いていれば、良い作品というわけでなく、どこの部分を選んで文字にして作品とするかは、熊澤さんの八十歳を超えた人生経験がなければ、浅いものになってしまうんでしょうけれどね。

たとえば初老の婦人の容姿を描写しているところで、白髪交じりの上をさっぱりとしたショートカットにし、 Tシャツにジーパンという軽装だが、頬には隠しようのないやつれが見えるという部分、これまでのその母親の苦労がよく伝わります。それから、

母親が息子に向かって一声発した。 「窓!」 小さいが、きっぱりした一言だった。という部分の 「窓!」 というのは、よく描けていますね。この一言で母親の性格がよくわかるの。

そしてこの作品の締めくくりの部分、何も起きずに母と子は雑踏の中に、ただ消えて行くわけだけれども、作者の心の中には別離の哀感のようなものが強く残るの。これで、作者の感じたことが読者にも伝わるんですよ。

作為的でなく、事実を書いてあるだけで胸の奥にずんと来るの。

こういうのが良い作品なんですよ。熊澤さんはもともと上手い人だけれど、この作品でエッセイのコツを掴んだと言っても良いと思います。


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